保護者の方へ


フェイクニュースが氾濫するAI空間で、文字⇔絵(構造意味)から真実を見つける学問

「この教材は、“意味”が分からなくなっても、つなぎ方や順序という“構造”がちゃんと残るように作られています。子どもは遊んでいるだけで大丈夫です。」

今のAI時代では、文章はすぐに広まり、書き換えられ、切り取られ、意味が変わっていきます。その中で、何が本当で、どこから誤解が生まれたのかが、分からなくなることが増えています。この学問は、正しい答えを教えるものではありません。また、感想や意見を評価する学問でもありません。文字と絵を行き来させながら、話がどこで、どのように壊れたのかを「構造」と「意味」を分けて見ていきます。意味が変わっても、構造が残っているか。構造が壊れた瞬間は、どこか。それを確かめることで、フェイクニュースや誤情報に振り回されない考える土台を育てます。これは、AIと共に生きる時代に、『自分の書いた文章』で必要な真実の見つけ方を学ぶための学問です。

文章は、全文を SVO(主語‐動詞‐目的語)構造をもつ英語に翻訳し、意味構造を分けて確かめます。石や礫、砂は、粉砕しないかぎり粒はそろわず、そのままでは一体として働きません。一方、粘土鉱物や非晶質ナノコロイドは、水に分散させるだけで粒子同士の関係が変わり、形を保ちながら自由に塑性変形します。泥電池の実験では、この性質によって、ばらばらの材料が電気の流れをつなぐ「働く構造」をつくります。同じように、文章も一度ばらして構造をそろえることで、意味が変わっても全体がつながり、どこで壊れたかを確かめることができます。泥が電気を通す仕組みを確かめる体験は、見えない構造が働きを支えていることを、手で感じて理解するための入口です。

意味構造,破壊検査とは

この絵は、基礎学問である人間–AI「文字⇔絵」循環測定工学の副作用として不可避的に派生した、次世代の人間–AI「文字⇔絵」循環教育学を示すものです。
“This figure represents a next-generation Human–AI Text–Image Cycle Education, which emerged as an unavoidable side effect of the foundational discipline known as Human–AI Text–Image Cycle Measurement Engineering.”
  • 『自分の書いた文章』の中からStep4/Setp12到達する文章→発生確率75%
  • 『自分の書いた文章』の中からStep11/Setp12到達する文章→ 発生確率 0~25%
    これは、構造が壊れずに回り続ける情報・学習・思考が、自然に増える現象。
    執筆者には、善玉菌増殖ゴールドスタンダード構造観察賞が授与される。
  • 『自分の書いた文章』の中からStep12/Setp12到達する文章→ 発生確率 0~5%
    これは、1つの文章から2つの絵が描かれる2つの構造が、同時に成立している状態。執筆者には、双景/オーロラ構造観察賞が授与される

この教材が見ているのは、「意味(感想や価値判断)が分からなくなっても、構造(順序や関係)が残っているかどうか」です。子どもに理解させる教材でもなく、大人が評価する教材でもありません。扱っているのは、「構造が残るかどうか」、それだけです。

感想文では、意図的に赤字青字を使い分けます。青色は、実験の順序、つなぎ方、条件がそろったかどうか、再現できるかどうかといった「構造」を表します。赤字は、「すごい」「できた」「楽しい」「役に立ちそう」といった、感じた意味価値を表します。この二つを色で分けることで、「意味は消えても、構造は消えていない」ということが、一目で分かるようになります。

意味は、人によって違い、その日の気分や年齢によって変わります。そのため、この教材では意味を保存対象にしません。一方、構造は、誰が見ても同じで、時間が経っても変わらず、再現することができます。だからこそ、残すべきは構造だけだと考えています。

子どもが「遊んでいるだけ」でよいのは、そのためです。子どもに求めているのは、理解することでも、説明することでも、正解を出すことでもありません。つないでみる。光ったら喜ぶ。またやってみる。感想文を書く。それだけで十分です。構造は、子どもの頭の中に覚えさせるのではなく、教材そのものの中に置いてあるからです。

この教室では、役割分担がはっきりしています。子どもは遊ぶ。教材は構造を保持する。文字は文章として残る。そして、親がそれを理解すればよい。この関係が成立していれば、「分からせる教育」や「詰め込む教育」にはなりません。

やがて、赤字(意味)青字(構造)が同時に現れる、オーロラのような文章が生まれることがあります。二つの異なる世界が一瞬重なり、すぐに消えてしまうような文章です。人間は本来、構造から会話を始めることを本能的に避けます。そのため、私たちの日常会話は、まず意味から始まります。しかし、意味の裏側に構造がそっと置かれている状態こそが、理想的な姿です。

たとえば、味見をするとき、人は「おいしい」「まずい」「ちょうどいい」といった意味価値を判断します。これは数値化再現が難しく、経験や身体感覚に依存します。一方、温度計は「熱い」「冷たい」を数値として記録し、再現することはできますが、「心地よい」「危険だ」といった判断はできません。私たちは日常生活の中で、無意識にこの二つを使い分けています。

親が子どもに向かって、「今日は30度あるね」「だから暑く感じるね」「今はちょうどいいね」と話しかけるとき、そこには測れることと、感じることが自然に重なっています。このような会話が、説明や教育としてではなく、生活の中の繰り返しとして耳に入り続けることで、子どもの中には「意味」「構造」の二層が自然に育っていきます。

このように、日常会話の中で「測れること」と「感じること」を混同せず、しかし切り離しすぎずに繰り返す生活環境そのものが、人間とAIが共存する時代における、最も基礎的で再現性の高い人材育成の土台になります。これは特別な教育法ではありません。生活の中に静かに埋め込まれた、「意味構造の二重循環」の体験なのです。人の「感じた意味・価値」と、機械が測る「構造・数値」は別物です。この教材は、その二つが並列に存在していることを、体験を通してそっと示しています。

左:意味が先に立ち上がる絵(感じる記憶)
右:構造が見える絵(順序と関係)

Step11/Setp12到達者
1つの文章から2つの絵が描かれる2つの構造が、同時に成立している状態→双景/オーロラ構造

小学2年生 家族旅行 夏休みの思い出

社会問題+行動喚起、行動を促す文章
社会問題+方法提示、方法を示す場面

Step11/Setp12到達者
1つの文章から2つの絵が描かれる2つの構造が、同時に成立している状態→双景/オーロラ構造

大学1年生 出前教室レポートより

一つの感想文1200文字から二つの絵が立ち上がった双景/オーロラが立ち上がった特別な絵。一枚に重ねれば「意味の絵」になり、分けて並べれば「構造の絵」になる。

源氏物語 紫式部
『自分の書いた文章』の中からStep12/setp12到達者

構造的絵本達成

意味(感想・解釈)を教えないで、構造(順序・関係・変化)だけを残す絵本です

「ネット回線(空)を速くしなくても、ネット環境(地面)を耕せば、子供たちは育つ。」
「ここでいうネット回線は通信インフラを、ネット環境は情報の配置・構造・再利用を含む知的利用環境を指す。」
“Children can grow even without faster network lines,if the network environment—the ground beneath—is carefully cultivated.”

この2枚の絵は、「理解させずに、環境を守った」という工学の最終報告書です。

泥が電気を通す仕組みを確かめる体験

泥だんご電池による3V級LEDの点灯

1|素材の提示

構造:水分と/鉱物イオンを含む/泥が、/袋状の/単位として/分離されている状態から始まる。この段階では/電気回路は/存在せず、

意味:この/状態は、まだ/電気装置ではない。

2|電極の導入

構造:次に/異なる/金属/電極が各/泥だんごに/挿入され、/泥は/電解質として/機能しうるものとなるが、各/単位の/電圧は/低いままであり、

意味:/電池として/機能する/可能性が/導入されるにとどまる。

3|直列接続

構造:さらに、/正極と/負極が/交互に/接続され、/3個以上の/単位が一つの/直列回路を/形成することで、/電圧が/加算され、

意味:電圧を増加させる/設計が/成立する。

4|負荷の接続

構造:そこに/直列回路の/両端へ/3V級LEDが/接続され、/回路が/閉じられることで、

意味:回路の/成立を/検査する/条件が/定義される。その結果、

5|点灯

構造:化学反応 → /電子移動 → /電流 →/発光という/過程が/外部から/観測可能となり、

意味:/泥だんご電池が/エネルギー源として/機能していることが/示される。

6|固定化

構造:最後に、「/3個以上の/直列接続」、「/適切な/電極」、「/適切な/LED」という/条件が/再現可能な/形で/固定され、

意味:この/系は、/再現可能な/技術装置として/確定する。

粘土鉱物でつくった泥だんご電池を6列直列につないでも、豆球は電流が足りず、決して光りません。そのため、泥だんご電池は、これまで「失敗した電池」と思われてきました。しかしLED電球を使うと、豆球の約10分の1以下というごく小さな電流でも、はっきりと光ることが分かりました。これまで「エネルギーにならない」と見なされてきた微小な電流が、初めて目に見える光として確かめられるようになったのです。

この体験では、子どもたちが「できた!」という手応えを、自分の目で確かめることができます。高い電圧を使わないため、危険はほとんどありません。そして、自然の中には、ほんのわずかでも確かなエネルギーがあることを、体で理解できます。役に立たないと思っていたものも、見方を変えれば役に立つことがある――この体験は、電気の実験であると同時に、「未来の考え方」を育てる学びの時間なのです。この出前教室は、子どもに知識を覚えさせたり、テストで「できる・できない」を比べたりするためのものではありません。子どもたちは、実験して、つないで、光ったら喜ぶ。ただそれだけで大丈夫です。遊んでいるように見えて構いません。

体験のあと、子どもは感想文を書きます。その文章に、正しさや上手さ、点数はつけません。大人が評価することもありません。その代わりに、子どもが書いた文章をもとに、一枚の「絵」として返します。それが、この教室でのご褒美です。ときどき、体験の流れや気づきが自然に重なった文章から、特別な絵が生まれることがあります。これは勉強ではありません。しかし、子どもがどこまで体験できたかは、あとから自然に分かってしまいます。

追伸

この出前教室は、平成15年度博士学位論文の付録で執筆した、『フューチャーランゲージで示す最終処分場における遮水工の新技術の開発と研究』の中から、池や川や丘や山を描いた一枚の絵「未来言語Inevitable」と、青い文字(構造)赤い文字(意味)から始まりました。粘土鉱物の泥だんごを使った体験の中で、子どもたちは遊びながら、何千枚の手書き感想文を残してくれました。その膨大な言葉の集まりが、私たちにとって何よりの宝物です。

それらの言葉が、今ではAIと共に、絵と文字を行き来し、構造意味を分けて表す「未來言語Open」へと少しずつ姿を変えています。その過程で生まれたのが、人とAIが一緒に回す「文字⇔絵」の循環という考え方です。この循環を広げることで、世界中にある膨大な学術の知識を、「読むだけの知識」から「見て感じる知識」へ、さらに「遊びながら学べる知識」へと変えていけるのではないかと考えるようになりました。そこで得られた収益は、体験の機会が少ない子どもたちへ、無償の学びとしてまた戻していきます。知識は、ただ残るだけでなく、次の世代にやさしく受け渡され、社会やネット環境を少し良くする“善玉菌”のような存在であってほしい。その思いを胸に、この活動を続けています。

著:持続可能な地球のための教育(ESD)実行委員会